History - プジョーの歴史

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スチールからホイールへ
(1532-1895)
解き放たれた創造性
(1896-1909)
自動車の普及に力を合わせる
(1910-1928)
時代はゼロと空気力学
(1929-1947)
復興を支えた203と404
(1948-1964)
飽くなき前進
(1965-1984)
チャンピオンの時代
(1985-1994)
21世紀へ
(1995-現在)
1532-1895
パイオニアの時代:スチールからホイールへ
プジョー(Peugeot)の名は15世紀、フランス東部ドゥー県の町の記録に登場します。18世紀に入るとジャン・ピエール・プジョー(Jean-Pierre Peugeot)が紡織業を始め、農業を主な生業とする一族で初めて工業に進出します。1810年、彼の2人の息子が中心となってスチール製品を製造する"プジョー兄弟とジャック・メリアール・サランの会社"(Peugeot-Freres et Jacques Mailiard-Salins)を設立し、プジョー一族は本格的に工業の道に入っていきます。その後いく度かの社名変更や経営破たんを乗り越え、19世紀半ばには"プジョー兄弟社"(Societe Peugeot freres)としてコーヒーミルからミシンまで多種多様な製品を送り出しました。また、会社としても、年金制度や1日10時間労働といった福利厚生面で先端を走っていました。

1850年、最初の"ライオン"ブランド製品が誕生。1882年に最初の大型自転車Grand Biを生産します。

1888年、アルマン・プジョー(Armand Peugeot)がゴットリーブ・ダイムラー(Gottlieb Daimler)らと会って自動車に計り知れない可能性を見出したことから、プジョーは自動車の世界に一歩を踏み出します。翌89年にはパリ万博に3輪蒸気自動車Serpollet-Peugeotを出品、プジョー史に残る年となります。

1890年にダイムラー製エンジンを搭載した4輪車Type 2を開発し、蒸気機関からガソリンエンジンへと移行します。

1891年、社名を"プジョー兄弟の息子達の会社"(Les fils de Peugeot freres)に変更。1892年には世界で初めてゴムタイヤを装着した4輪ガソリン車を発表。1894年のパリ〜ルーアン自動車レースで優勝します。その翌年にはミシュラン製タイヤを装着したプジョー車がパリ〜ボルドー往復レースで優勝をさらいます。この年の時点で車種は商用車を含めてType 13にまで拡大していました。
3輪蒸気自動車 Serpollet-Peugeot
4輪車Type 2