History - プジョーの歴史

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スチールからホイールへ
(1532-1895)
解き放たれた創造性
(1896-1909)
自動車の普及に力を合わせる
(1910-1928)
時代はゼロと空気力学
(1929-1947)
復興を支えた203と404
(1948-1964)
飽くなき前進
(1965-1984)
チャンピオンの時代
(1985-1994)
21世紀へ
(1995-現在)
1896-1909
解き放たれた創造性
アルマン・プジョーは1896年、自動車生産に専念するためにオートモービル・プジョー社を設立し、"プジョー兄弟の息子達の会社"は自転車やバイクを専門に生産することになります。同じ年、プジョー製水平対向2気筒エンジンを搭載したType 14が登場し、ダイムラー製エンジンは以後採用されなくなります。

1897年、総床面積5万平方メートルの自動車工場をドゥー県に建設。Type 14からType 18までの全モデルにプジョー製エンジンを搭載すると同時に、オプションでミシュラン製タイヤも装着できるようになります。

1898年の第1回パリ自動車ショーに出品。1900年、年間生産台数が500台を突破します。

1901年、直立単気筒の新型エンジンを搭載したType 36が登場します。プジョーは同モデルで初めて、車体前部にボンネットを取り付け、ハンドルバーに代わって傾斜したステアリングコラムと輪形ハンドルを採用します。トランスミッションにチェーンを使用しなくなるのもこのモデルからです。この年のパリ自動車ショーには4気筒車を出品。

1902年は、全車種のモデルチェンジとルヴァロアに本社設置という大きな動きがありました。そして翌1903年には車種を4気筒エンジンのType 42、43、44、2気筒のType 50、単気筒のType 54と56に絞り込みます。

1904年のパリ自動車ショーでは直立単気筒エンジン搭載のPeugeot Baby(Type 69)第1号を発表。この年から"プジョー兄弟の息子達の会社"も自動車開発に乗り出し、翌1905年に第1号車Lion Peugeotを発表します。
アルマンの実験的な車とは対照的に、Lion Peugeotは小型車でした。1907年には1.75hpの軽量バイクエンジンが開発され、Lionが小型車レースで優勝を飾ります。オートモービル・プジョーと"プジョー兄弟の息子達の会社"の1908年の生産台数は合わせて2220台に上りました。
Type 36
Lion Peugeot